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生まれも育ちもわがまち”ふかや”
早いもので人生も半ばを過ぎ、今まで忙しく見過ごしてきた身の周りをもう一度見つめなおし、ゆっくりまったりどっぷりとこの街で生きて行こうと思っております。

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たびのおわりに。
新田氏滅ぶ!

新田義貞は鎌倉に上り幕府を打ち負かす活躍。

だけど、ここまでだった・・・。

後に足利尊氏と戦うも破れ、そして後醍醐天皇にも見捨てられちゃう。

源氏の恐ろしい血がここでも発揮されるんだね。

足利氏とは同族なのに・・・。

結局、足利氏が南北朝の時代を制し足利幕府を気づくんだけど、当の新田氏は義貞さんは1338年越後藤島で討ち死にしちゃうんだ。

子孫も途絶え、名門新田氏はこれで途絶えちゃう。

新田荘はといえば、足利の北朝側についていた新田氏の末裔岩松氏に渡ったのだけど、下剋上により横瀬氏(由良氏)の手に。

その横瀬氏によりいつか紹介した太田市金山の金龍寺に供養塔が建てられたんだね。

新田氏累代の墓は太田市宝泉地区円福寺にあるよ。

IMG_7640.jpg

ここで途絶えちゃう新田氏。

IMG_7646.jpg

丸や四角に削られた石組みがやけに寂しそうだったな。

IMG_7648.jpg

一方の足利の街がとっても綺麗に整えられ、今も観光都市として整備されているのを見るとなんだかむなしく思えちゃう。

IMG_7637.jpg

戦に勝つこと、天下をとることとは今の時代にまでしっかりその影響を及ぼすんだな。

もし、新田義貞がもっと戦に長け、政治の手腕を振ることができていたなら、この新田という地はもっと違う進化を遂げたに違いない。

IMG_5589.jpg

と、すれば少なからずともこの深谷という地にも影響を及ぼしまるで違う街になっていた可能性もある。

が、やっぱり新田は新田で良いし、太田は太田そして深谷もそれでよかったのかもしれないね。

歴史とは紙一重。

IMG_7682.jpg

そんなことをふと思った新田の旅でした。
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群馬県 | 04:11:15 | コメント(0)
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