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Author:nonki
生まれも育ちもわがまち”ふかや”
早いもので人生も半ばを過ぎ、今まで忙しく見過ごしてきた身の周りをもう一度見つめなおし、ゆっくりまったりどっぷりとこの街で生きて行こうと思っております。

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そのなまえ、ごぞんじでしょう。
「戦国悲哀物語」 その2

先ずは源為義の子、長男の義朝は南関東を治め、異母兄弟次男の義賢(よしたか)は北関東へ。

その義賢さんはこの嵐山町の大蔵に舘を構えるんだ。

IMG_6838.jpg

それが「大蔵舘」

今でも大蔵神社として残ってるよ。

IMG_6844.jpg

でも、長男義朝さんと義賢さんとは仲が悪かったんだろうね。

義朝さんは自分の長男の義平さんに大蔵館を襲撃させるの。

それを「大蔵合戦」って言うんだって。

この義平さん、悪源太義平(あくげんたよしひら)って呼ばれてる。

IMG_6843.jpg

あくげんた・・・って(汗)

その時、義賢さんの一族はほとんど殺されちゃったの。

悔しかったろうねぇ。

でも、この時2歳の次男、「駒王丸」ちゃんだけは助かったのね。

本当は(殺しちゃえ!)っていう指示があったらしいんだけど、可愛そうだものね、そんな小さい子をさ。

IMG_6846.jpg

その救世主があの畠山重能(しげよし)さんと齋籐実盛さん。

ほ~ら、知ってる名前が出てきたでしょう。

畠山重能さんは畠山重忠のお父さん。

そして、妻沼の聖天様の斎藤実盛さんだよ。

その二人のおかげで救われた駒王丸ちゃんこそが「木曽義仲」なのよ。

ええええ、じゃあ、どうして木曽なのって思うでしょ。

それは簡単、木曽に逃げて木曽で育ったから。

その駒王丸ちゃんを救った、その為に大きく世の中が動くんだよ。

IMG_6850.jpg

そう、歴史はこの二人の決断で動いたのよ。

つづく





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埼玉県その他 | 08:48:17 | コメント(0)
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