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生まれも育ちもわがまち”ふかや”
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めぐりめぐって。
数奇な運命。

知れば知るほど歴史の凄さに驚かされる。


さて、秋元氏の作ったとされる金燈籠。

その金燈籠ってどんなもんかい?

と、言うことで一路世良田の地へ。

奉納されたといわれる世良田の東照宮は徳川発祥の地とされるって幟にかいてあったっけ。

P1270021.jpg

調べてみるとかなりややっこしいんだけど、搔い摘んで言うと徳川家康は三河を治める際に新田一族の末裔であると主張したんだと。

P1270007.jpg

由緒正しき御家柄でないと天皇から許可されなかったらしいんだよ、この当時は。

そして世良田氏(新田一族)の血筋でありその世良田の地が徳川の発祥の地と解釈されたわけだ(この辺は怪しいらしい)

東照宮とは日光に家康の遺骨が移された際に新築。

それまであった日光の東照宮を世良田に移築したそうな。

だから東照宮。

さしずめ、暖簾分け、分署、出張所ってところかな。

秋元長朝さんの金灯籠を納めようとした好意はその当時叶わなかったけど、そんな所縁の世良田東照宮にお孫さんの時代に奉納が許され、その気づかいが叶ったんだから長朝さん、きっと天国でホッとしたに違いないよね。

P1270013.jpg
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P1270010.jpg
P1270014.jpg

金灯籠、デカ!

しかもこれがお江戸の時代の作品かぁ~⁈。

そして当の徳川家康さん、新田の祖新田義重を祀るために太田に呑龍様を向かわせ大光院を建立させたのは前にも説明させてもらったよね。

その呑龍様は何の因果かは知らないけど深谷の地に出向き呑龍院が作られた。

一方、世良田のある尾島町(深谷市になった飛び地<前小屋>があった)と太田市はこの平成の時代に合併。

巡り巡ってこの深谷の地と深くかかわっていたんだね、太田市、そして徳川氏は。

P1270018.jpg

今まででたらめに歩いてきたように思っていたワタクシも実は歴史の糸をたどってきたんだ。

知らぬうちに歴史に操られていたんだね。

ちょっとゾクッときちゃったよ。

実は秋元氏にはもっとすごい逸話が残されていた。

それは、またの機会に。








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群馬県 | 05:13:55 | コメント(0)
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