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Author:nonki
生まれも育ちもわがまち”ふかや”
早いもので人生も半ばを過ぎ、今まで忙しく見過ごしてきた身の周りをもう一度見つめなおし、ゆっくりまったりどっぷりとこの街で生きて行こうと思っております。

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ほんとになっちゃった!
リベンジ、上里町! 

≪ちょっとだけ上里から外れるよ≫


さあ、キクさん御一行、太田の金山からの帰り道に尾島飛行場に寄ったよ。

うん? 尾島飛行場???

あのラジコンを飛ばしてる?

IMG_0574.jpg

じゃあ、ないんだな~。

実はね、あの中島知久平邸(富士重工の前身、中島飛行機創設者宅)近くにあったんだよ、尾島飛行場って。

そのことは薄々知ってたんだ、ワタクシ。

何故かって言うと、中島邸を見学した時に当時の様子を説明してくださった、その中に、

「この窓から国の要人や外国のお客様と飛行機が飛び立つのを見ていた」というような事を言っていたのね。

要するにこの窓の前には飛行場があったんだ。

IMG_0626.jpg

で、ね、しつこく思われちゃうかもしれないけど、もう一度中島邸に行ってお話を聞いたのよ。

「尾島飛行場ってどのあたりにあったんでしょうか?」

「そうね、昔は今のようなスーパー堤防がある訳じゃないし、利根川の河川敷がず~っと広がっていたのね。だから”ここにあった”とは言えないけど、確かにこの辺にあったんだよね」

IMG_0600.jpg

「うんうん、なるほど~、そうですか、で、その痕跡って残ってるんですか?」

「いや、何もない。当時はその土地には地権者がいたそうで、要するに借地だったらしいの。だから閉鎖とともに地権者の戻されたらしいんだけど」

「ああ、そうでしたか、貴重なお話、ありがとうございました」

「それとね、飛行場って言ってもびゅんびゅん飛行機が飛んでた訳じゃないらしいよ。たまに飛び立つのを見たって言う人もいるしね」

「あら、そうでしたか、なるほどね~」

と、まあ、そんな会話の中からキクさんの運命の偶然さが際立っちゃう。

だってたまたま尾島付近を通ったら飛行機が飛び立っていった、それを目撃したところからキクさんの本当の人生が始まったといっても過言じゃないもんね。

IMG_0603.jpg

それじゃ、どんな飛行機が飛んでたかって言うと、たぶん、たぶんだよ、九○式、又は九一式の戦闘機。

300px-Nakajima_91sen.jpg
(九○式戦闘機 画像はお借りしたものです)

この頃、軍からの指令で盛んに飛行機の開発が行われていたんだって。

だからきっとこの尾島飛行場って新型機のテスト飛行の飛行場だったんだと思う。

そんな飛行機が飛び立つ姿、、、そりゃもうテンション上がるわな。

だってさ、ラジコンの飛行機を見たってすごく興奮するんだから本物が飛んじゃったらそりゃもう大変だよ。

IMG_0577.jpg

で、キクさん、そこにいたパイロットの方とお話しちゃうんだ。

それから…次のような道筋を経てご自分もパイロットになっちゃったんだねぇ。

 一年後、新聞広告で見た「飛行機講義録」を取り寄せ独学で勉強をはじめた、そんなとき、尾島飛行場で知り合ったテストパイロットから、東京立川陸軍飛行場でおこなわれる新型飛行機の試験飛行に招待されました。はじめて飛行機に乗ったキクは、その感動が忘れられず、昭和6年、両親の猛反対をおしきって、東京深川の第一飛行学校へ入学しました。小栗飛行学校を経て、昭和七年、愛知県新舞子の安藤飛行機研究所の練習生となり、翌昭和8年8月17日ついに念願だった二等飛行機操縦士試験に合格、二等飛行機操縦士技両証明書第326号の免許を得て、日本最初の水上飛行機操縦士となりました。
(上里町HPより抜粋させていただきました)


その行動力の凄さ、はっは~ぁ、御見それいたしました。

と、まあ、おきゃんな子だったわけだよ(失礼!)

いやいや、そんなレベルじゃないよね。

だって、パイロットに自分がなっちゃうんだよ。

今の時代ならいざ知らず、その当時に女性パイロット!

きっとご両親も、ご近所の人達も、学校の同僚先生たち、児童生徒たちも目を白黒、、、させたに違いない。

それじゃぁ、その頃知久平さんは、というと。。。

昭和5年に衆議院議員に初当選、その翌年には中島飛行機を弟にゆずり政界の人へ。

ここで飛行機に携わる人の大きな岐路となる、そんな歴史的な年だったわけだね。

昭和6年、恐るべし!

そろそろお時間が参りました。

またまた「つづく」でございます。





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埼玉県その他 | 07:47:33 | コメント(0)
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