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Author:nonki
生まれも育ちもわがまち”ふかや”
早いもので人生も半ばを過ぎ、今まで忙しく見過ごしてきた身の周りをもう一度見つめなおし、ゆっくりまったりどっぷりとこの街で生きて行こうと思っております。

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そりゃそうよ!
それにはそれなりの理由がある。

実は桜探索中の”櫛挽迷子事件”が相当気になり始め、その訳が知りたくて再びあの周辺を彷徨ってたんだ。

そう、チューリップのグリーンパーク(パティオ)までなら迷うことはないんだけどね。

だけど、この先(南・西)はどうもいかんですわ。

道に特徴がいんだよね。

何処に向かっても同じような景色で、同じような雰囲気で、同じような道なんだわ。

しかもみんなほぼ直線で左右の視界のどちらかが樹木で閉ざされた道路。


大きい地図・ルート検索  ( powered by ゼンリン地図 いつもNAVI )

地図を見ると良く分かるよね。

ビシッと区切られた長方形。

実はこの周辺は終戦の翌年の昭和21年から始められた開拓、開墾された土地なんだって。

だから元々は森?、林?、だった訳ね。

立ち木を伐採し、道路、用水・排水路を整備し、それはそれは大変な事業だったそうな。

P3300014.jpg
P3300013.jpg


開墾の始まった翌年の昭和22年にはカスリン台風、そして次の年のアイオーン台風でその度にそのほとんどの土地が水没してしまったそうで、諦め離農していった方もいらしたとか。

元々この周辺は水捌けが非常に悪く、しかも乾期になれば用水があるわけでもなく干ばつ被害にも。

総じて農業地としてはあまり向かない土地柄だったそうで、それをここまで重機のない時代に整備していったことはそりゃ並々ならぬご苦労があったことでしょうよ。

あの荻野吟子さんも旦那さんと一緒に蝦夷の地に夢を託し開墾という道を選択し、苦労の末旦那さんは病死してしまい、当の吟子さんも近代化医療の道から取り残され晩年はそれまでの輝かしい生活とはかけ離れたものとなってしまったらしい。

そう、人生をかけて行うものだったんですよ、開墾というものは。

P3300016.jpg

そして、そうしたご苦労の上にワタクシ達の今ある生活が成り立っている訳で、感謝こそすれど”特徴がない”、”訳の分からん場所”、だなんんて口が裂けても言ってはいけない言葉かもしれない。

本当に人影を見ることも少なく寂しい農村地帯だけど、開墾の魂は二世三世の方々に脈々と受け継がれ、あの桜並木の桜とともにこの地域の歴史を築いてきたんだ。

P3250132.jpg

こんな素晴らしい場所で迷子になんかなってる場合じゃないよね。

「深谷市の三偉人」なんて今、世界遺産関連で話題になってる御仁たちもいるけど、深谷市にはこうした方々だって存在したという事実をもっと広めたっていいと思う。

残念だけどワタクシを筆頭に開拓、開墾の歴史を知っている人ってきっと少ないと思うよ。

もしかしたらそんな事実を知らしめてくれるためにあの”櫛挽迷子事件”が勃発したのかも知れんね。

















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深谷市 | 05:18:37 | コメント(0)
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