2015-01-06 Tue
ひとの出会いは夢を生む。そして明治に咲いた才能はここに没す。
この頃、良く出かける熊谷上川地区。
そこで見かけるのが「晴湖の道」なる幟。
「???」
で、その幟に案内されるかのようにたどり着いたのが。。。。ここ。

「奥原晴湖」さん。
正直、まったく知らぬ名でありんした。

(画像はお借りしました)
あの人気テレビ番組「○○鑑定団」でお馴染み、谷文晁の門下牧田水石さんに学び、渡辺崋山さんの影響を受けて明治を代表する女流南画の巨匠と呼ばれたお方。
江戸の末期に古河藩で生まれ東京で名を馳せ、そしてこの熊谷上川で人生を終えた人物。
その人が晩年過ごしたその場所にそれを示す碑がで~んとそこに鎮座しておりましたわ。

奥原さんの詳細はこちらをご参照くだされ。
残念ながらワタクシは美術的な知識とか興味には疎く、その素晴らしさは分かるもののそれ以上のものは感じられませんです、はい。
だけど調べてみるとこの人、とっても面白い。
というか、凄いというか、この人の生き方に興味津々。
まず写真を見ても分かるようにこの人、坊主頭。
明治の女性なのにね。
明治初期、断髪令が発令されたら真っ先に髪をバッサリ切っちゃた。
でも、これって男子に出されたもので女性が坊主頭になっちゃったら、そりゃ周りの人達は度肝を抜かれちゃったことでしょうよ。
そしてもっとすごいのが、あの木戸孝允(桂小五郎)と山内容堂がお友達だということ。
長州と土佐を結びつけたのはもしかしたら坂本龍馬じゃなくって、本当はこの人だったりして(はっは、まさかそんなことはないね)
で、特に木戸孝允さんとはいい仲だったとか、いやいやそうじゃない、ただのお友達だったとか、そんなお噂もありで。
こりゃ聞き捨てならな。
このロマンスじみたお話、小説や劇にしなくっちゃいかんでしょう!
だって木戸さん没後に本妻の奥様と二人で言葉にならんほど泣き明かしたというんじゃから、こりゃ本物かぁ~!
ぷぷ、まあそんな無粋な勘繰りはどうでもいいですね、はいはい。
なにはともあれ休憩所やお家があった場所まで続く玉石の敷かれた道を、この地区の皆様が主になって保存に努めているらしく、そうした活動はワタクシも心から拍手を送りますぞ。

場所は熊谷ラグビー場や熊谷ドームのある熊谷スポーツ文化公園至近。

そんな明治の時代にタイムスリップ、妄想に耽るのもまた一興。
先ずは出かけては見ませぬか。
続きを読む >>
スポンサーサイト


にほんブログ村